もらさじと 世をうしがやに あとたれて あまねき門に 引いて入れぬる
明治維新の廃仏毀釈により廃寺となり、 本堂と太子堂は解体されましたが、 観音堂は檀信徒(だんしんと) 一同によって護持され、 現在でも地域の方々によって 維持されています。 かつては、七月二十日の祭礼(観音祭)に備え、 講中(こうじゅう)の家々を サシコ(縄)が廻り、 紙に包んだお金をはさみ講元に 戻していたといいます。