くぜの舟 みきはによする 中田寺 大悲のひかり なみうかみて
山門を入ると左手に観音堂があります。 明治維新の廃仏毀釈の 難にあうも、檀信徒の 信仰によって護持されてきた寺です。 かつて中田村は、日光街道の宿場町として 栄えたところで、江戸幕府の番所があり、 古河城の要所でした。 日光社参と奥州への道として、 にぎわいをみせていたといいます。 境内には、正徳二年(一七一二)、 十六夜念仏講の四十人によって 造立されたという十六夜塔があります。